@wadainews0: 障がい者の性問題に、真っ正面から取り組む一人の女性がいる。漫画『障がい者専門風俗嬢のわたし』を監修した関西在住の小西理恵さんだ。彼女は「一般社団法人輝き製作所」の所長として、性教育を普及するための講演会などを行いながら、「障がい者専門風俗」を運営している。 なぜ、彼女がこの活動を始めたのか。 その原点には、30代で祖母を看取った経験があり、「命の尊厳とは何か」を深く考えたことがきっかけだったと話す。 小西理恵さんに、これまでタブーのように扱われてきた「障がい者の性」のあり方、そしてこの分野に踏み込んだ、その経緯を尋ねた。 第1回は、祖母を看取った過去、そして「障がい者専門風俗」を始めた理由を聞く。 ◆祖母を看取った過去 なぜ小西さんが、障がい者の性問題に取り組み始め、専門の風俗嬢という道を選んだのか。その背景を語るには、10代にまで遡る必要がある。 「私は中学生のころから両親と離れ、祖母と祖母の妹、そして私の妹で生活をしていました。そのころから『祖母たちの最期は私が看取ることになるだろうな』という覚悟はありました。両親には複雑な感情もあって、『こちらは勝手にやるから、放っておいてほしい』と伝えていました」(以下、小西理恵さん) やがてその覚悟が現実になった。小西さんが30代を迎えたころ、祖母がパーキンソン病を発症したのだ。 「祖母に幻覚や幻聴が出始めてからは、どんどん症状が進みました。いよいよ食事も飲み込めなくなり、入所していた施設から『ここでは医療行為ができない』と言われ、病院へ移ることに」 病院へ移って間もなく、医師から彼女はこう問われた。 “これからどうしますか” 小西さんが祖母の“最期の選択”を背負うことになったのだ。 「胃ろうをするのか、自然な看取りをするかという選択を迫られたんです。『本人ではない私が、どうして命に関わることを決めないといけないの』と激しく動揺しました。誰かが決めなければいけない。その“誰か”が私でした」 すでに意思の疎通が難しくなった祖母に確かめることはできない…。どうすることが正しいのかと自問する日々は、心身ともに大きな負担だったという。 そして悩み続けた末に選んだのは、延命をせず自然な看取りをすることだった。 「祖母と親しかった近所の方に『理恵ちゃんやったらどうされたい?』と聞かれて、『私やったら延命はしてほしくない』と言いました。それから祖母が元気だったころに『延命だけはせんといてや』と言っていたことも思い出したんです」 ◆「おばあちゃんがまだ生きたいと思ってたらどうするんですか」 小西さんはようやく下した決断を病院へ告げた。しかし、思いもよらない言葉がかえってくる。 “おばあちゃんがまだ生きたいと思ってたらどうするんですか” 「ずっと思い悩んで、やっとの思いで決めたことだったのに…と思いました。心は揺れましたが、『それでも連れて帰りたいです』と伝えました」 自宅に戻っても、医師の言葉はずっと心に残り続けた。 「そんなとき、訪問看護師さんが言ってくれたんです。『理恵ちゃんが頑張って出した答えやから、後悔せんように一緒に頑張ろうな』って。ずっと私のことを心配していて、“この娘を守らなあかん”と思ったそうです。 彼女のおかげで、今でも私は後悔せずにいられているのだと思います」 自宅へ戻って5日後、祖母は最期の刻を迎えた。その間、彼女は祖母と穏やかな時間を過ごすことができたそうだ。そしてこの経験は、小西さんの人生の中でもかけがえのない時間になった。 「排泄も食事も一人ではできなくなった祖母の姿を見て、“人として生きる”って何やろうと考えました。いわゆる“命の尊厳”ということですよね。どうしてあげることが祖母にとって幸せなのだろう、人間の幸せとはなんだろうと考え続けていました。その時間と訪問看護師さんの言葉があったから、今の私があるのだと思います。今度は私が誰かの力になりたいと思い、介護の道に進むことを決めました」 ◆「女の子と遊べばええやん」 祖母の死と訪問看護師さんとの出会いをきっかけに、介護・福祉の道へ進んだ小西さん。介護資格が取れるスクールに通っていたある日、障がいのある方たちが暮らすグループホームを訪問する機会があった。そこで小西さんは、障がい者の性と向き合う出来事が起こった。 「グループホームに勤めていた方が、とある障がいを持つ男性のことで頭を悩ませていました。何をしていても、あまり楽しそうではないというのです。積極的に一緒に外出したり、ゲームや漫画、映画などの娯楽に誘っても、ご本人には響かない様子。目はうつろで心の機微が感じられないと言っていたんです」 その話を聞いて、小西さんの頭に浮かんだのは、とてもシンプルなことだった。 “女の子と遊べばええやん” 小西さんは19歳のころから風俗嬢としてアルバイトをしていた。祖母の医療費の支払いや、自らの生活費と学費を稼ぐために、スクールに通いながらアルバイトは続けていたという。 「19歳のころ、ファッションヘルスのアルバイト募集のチラシを見て、軽い気持ちで連絡を取ったことが始まりでした。無理だったら辞めればいい、くらいの感覚でしたね。でもやってみたら、意外と大丈夫だったんです」 そこで彼女は、満たされた表情で店を後にする男性客の姿を何度も見てきていた。 “女の子と遊べばええやん” 支援者の話を聞いて、すぐさまその言葉が浮かんだのも、実際に現場で喜ぶ男性たちの表情を知っていたからにほかならない。 ◆存在しないかのように扱われる「障がい者たちの性」 介護施設を訪問して気がついたことは、障がい者たちは、日常生活が手厚く支援されている一方で、ある大切なものが、まるで存在しないかのように扱われていることだった。 それが障がい者の「性」だった。 性欲は、決して特別なことでも、ましてや悪いことでもない。それなのに、障がいがあるというだけで、語られることすらない。“なかったこと”のように扱われてしまう現実だった。 「それなら、私がやってみようかなと思ったんです」 小西さんは通っていたスクールの先生に相談することにした。非常識だと叱られるかもしれないと不安を抱えながら「障がいのある方の性に関わる活動がしたい」と打ち明けた。 すると返ってきたのは、意外な言葉だった。 “それは本当に大切なことだから、頑張ってほしい” ◆障がいある息子の性欲に応え続けた母 そして教師は以前、勤めていた施設で起こった悲しい事件を彼女に語った。 「障がいのある息子さんの性欲に、母親が自分の身体で応え続けていたというお話でした。結果、息子さんの子どもを妊娠し、中絶にいたったというのです」 母親はなぜ、そこまで追い詰められたのだろうか。 「誰にも相談できず、しかしこのままでは息子が性犯罪者になってしまうかもしれないと危惧したそうです。なぜお母さんだけが、そんなに頑張らないといけないのでしょうか…。ショックでもあり、悲しくもありました。同時に二人を孤立させた環境、社会に対する憤りを感じましたし、この話を聞いてさらに『私がやらなあかん』と使命のようなものを感じ、先生に協力していただきながら環境を整え始めました」 ◆障がい者の性は、家族任せにできない 障がい者の性を、自己責任でも、家族任せでもなく、社会の課題として扱う必要があるーー。 その思いから、小西さんはわずか半年で、「一般社団法人輝き製作所」を立ち上げた。 「先生から聞いた母親の気持ちを考えたとき、祖母を介護しなければならなかった過去の自分と重なったのでしょうね。その孤独や責任感に、私は強く共感したのだと思います」 小西さんは「障がい者の性支援」という、ほとんど語られてこなかった分野に向き合うことを決意し、今もなお活動を続けている。続くインタビュー2回目では、小西さんが実際に行っている、障がい者専門風俗の内容について、そして障がい者の性を取り巻く社会の課題について語っていただいた。 #障害者 #息子 #教育 #ニュース #速報
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Monday 09 February 2026 12:32:23 GMT
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Comments
(´ε` )🇯🇵 :
タブーを開く勇気が今の世の中には無い、私も皆も。
2026-02-12 08:35:29
0
雨のち晴れ :
すごい仕事だと思う。あなたの存在に障害をお持ちの家族の親御さんの救いになっていることは確か。
2026-02-18 12:56:33
2
ちーーちゃん :
誰かに迷惑かける怖さからかな🥲💦
2026-02-09 18:23:28
6
Melty :
🥺🥺🥺
2026-02-09 12:41:26
1
hazuki04170 :
😳😂😳😂
2026-02-09 21:14:18
0
福助 :
👍👍👍
2026-02-19 07:44:46
0
nankou.daichan :
で
2026-02-10 03:48:19
0
トーイ :
責任感のある方だなー😢
そーゆー介護があるのを教えてくれる人おらんかったんかなー?
実際にイタすわけじゃないから満たされるのかは分からんけど😟
2026-02-09 21:35:12
0
💃🪞たろちん🪞💃 :
大事なことだと思います
2026-02-09 16:11:09
8
Fumiyo :
真っ向!仕事にできるって尊敬いたします✨技術と呼んでも過言でない。福祉の世界で同じ人間として避けては通れない大事な事。ただ私にはできない😢技なのです。尊敬いたします。
2026-02-28 09:32:00
3
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