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Saturday 02 May 2026 07:09:52 GMT
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◆お祭りのラーメンで食中毒に 2026年の夏は全国で40℃を超える猛暑日が相次いだ一方で、ゲリラ豪雨をはじめ雨が続いた影響で食料品などが傷みやすく、全国の飲食店で食中毒トラブルが発生していた。 2026年8月22日および23日に開催された東京都港区の「麻布十番納涼まつり」の件は、記憶に新しいのではないだろうか。このイベントで販売された「冷やしカニラーメン」を食べた参加者が体調不良を訴えた。 後日、この体調不良の原因は、サルモネラ菌を由来とする食中毒と判明し、被害者数は78名にものぼった。港区は「冷やしカニラーメン」を提供した店の代表者に対し誠実な対応をするよう指導している。 さらに、9月12日には京都市右京区の競技場にて「全日本実業団対抗陸上競技選手権大会」が行われ、支給された弁当を食べた10代から70代の男女28名が下痢や嘔吐など食中毒に近い症状を訴えている。 食中毒トラブルは、発生の予想がつかず、誰もが被害者になり得る。さらに一歩間違えれば「死」にも直結する点が非常に恐ろしい。 今回は、90年前の1936年(昭和11年)に静岡県で発生し、44名の死者、2000名以上の体調不良者を出した「世紀の食中毒事件」について振り返ってみたい。 ◆楽しい運動会が一転、地獄に 1936年5月10日、静岡県浜松市の「静岡県立浜松第一中学校」では陸上運動会が行われていた。運動会そのものは無事に終了し、会の終わりには生徒・父兄・職員を含む参加者全員に対し紅白で色付けされた大福餅が6つ支給された。 現代と違い甘い食べ物が簡単に手に入る時代ではなかったため参加した生徒は大喜びだったようだ。グラウンドで大福餅にパクつく姿や、家族に渡そうと大事に持ち帰る姿など、微笑ましい平和な光景が広がっていた。 悲劇はその日の夜からはじまった。 運動会で支給された大福餅を食べた生徒・父兄・職員たちが次々に高熱や下痢、腹痛などの症状を訴え出したのだ。最初は「ただの腹痛だろう」と思っていた人たちも悪化していく体の変化に「これはおかしい」と危険を察し、次々に病院に駆け込む事態となった。 そして運動会から丸2日間が経過した5月12日の夕方には、腹痛を訴える人数は1000名を超え、17名の死亡者を出してしまう。 彼らに共通していたのは「運動会で支給された大福餅を食べたこと」であり、食中毒の原因がこの紅白の大福餅であることは疑いようがなかった。 ◆「毒物混入説」も飛び出した 5月13日、静岡県の地元新聞である「静岡民友新聞」は全国紙に先駆けてこの食中毒事件を報じている。 記事の見出しは「紅白大福餅の中毒 遂に六百余名に達す」というもので、浜松第一中学校が授業不能に陥り休校になったこと、職員内の罹病者が13名を超えたこと、さらに運動会で支給された大福餅の製造元である菓子業者「三好野」についても言及があった。 ただ、三好野は食中毒の原因が自社の大福であったことを否認し、「使った餅も、餡も腐ってはいなかった」と主張。患者の吐しゃ物を使い、原因究明を急いでいると発表した。 浜松市の大規模食中毒事件は、5月14日頃から全国紙でも取り上げられている。 だが、読売新聞1936年5月14日号は本事件を食中毒ではなく、何故か「毒物混入事件」として報道している。見出しも「猛毒物混入の怪事実」「劇薬を裏書する症状」となっており「何者かによる無差別殺傷事件の可能性が高い」としたのだ。 静岡県の地元紙と全国紙で見出しに差異が見られたのは「(三好野の言う通り)大福に使われていた餡が腐っていなかったこと」「死体解剖の結果、体内に病菌が付着していないこと」などが根拠となっていたようだ。 また、事件が発生したタイミングも関係している。事件が起こった1936年5月のわずか3ヵ月前には「二・二六事件(日本の陸軍皇道派の青年将校が永田町などを占拠したクーデター未遂事件)」が発生しており、軍事教育とは切っても切り離せない存在であった旧制中学校の運動会(軍事訓練の一環で運動会が行われていた。また、食中毒の罹患者には42名の陸軍兵士もいた)が陸軍皇道派のターゲットにされている可能性があったのだ。 現に事件発生後、東京からは警察以外にも陸軍軍医学校の将校クラスが多数浜松入りしていたことからも、「毒物混入説」は奇想天外な話ではなく、かなりの説得力があったようだ。 #お祭り #ラーメン #食中毒 #大福 #ニュース
◆お祭りのラーメンで食中毒に 2026年の夏は全国で40℃を超える猛暑日が相次いだ一方で、ゲリラ豪雨をはじめ雨が続いた影響で食料品などが傷みやすく、全国の飲食店で食中毒トラブルが発生していた。 2026年8月22日および23日に開催された東京都港区の「麻布十番納涼まつり」の件は、記憶に新しいのではないだろうか。このイベントで販売された「冷やしカニラーメン」を食べた参加者が体調不良を訴えた。 後日、この体調不良の原因は、サルモネラ菌を由来とする食中毒と判明し、被害者数は78名にものぼった。港区は「冷やしカニラーメン」を提供した店の代表者に対し誠実な対応をするよう指導している。 さらに、9月12日には京都市右京区の競技場にて「全日本実業団対抗陸上競技選手権大会」が行われ、支給された弁当を食べた10代から70代の男女28名が下痢や嘔吐など食中毒に近い症状を訴えている。 食中毒トラブルは、発生の予想がつかず、誰もが被害者になり得る。さらに一歩間違えれば「死」にも直結する点が非常に恐ろしい。 今回は、90年前の1936年(昭和11年)に静岡県で発生し、44名の死者、2000名以上の体調不良者を出した「世紀の食中毒事件」について振り返ってみたい。 ◆楽しい運動会が一転、地獄に 1936年5月10日、静岡県浜松市の「静岡県立浜松第一中学校」では陸上運動会が行われていた。運動会そのものは無事に終了し、会の終わりには生徒・父兄・職員を含む参加者全員に対し紅白で色付けされた大福餅が6つ支給された。 現代と違い甘い食べ物が簡単に手に入る時代ではなかったため参加した生徒は大喜びだったようだ。グラウンドで大福餅にパクつく姿や、家族に渡そうと大事に持ち帰る姿など、微笑ましい平和な光景が広がっていた。 悲劇はその日の夜からはじまった。 運動会で支給された大福餅を食べた生徒・父兄・職員たちが次々に高熱や下痢、腹痛などの症状を訴え出したのだ。最初は「ただの腹痛だろう」と思っていた人たちも悪化していく体の変化に「これはおかしい」と危険を察し、次々に病院に駆け込む事態となった。 そして運動会から丸2日間が経過した5月12日の夕方には、腹痛を訴える人数は1000名を超え、17名の死亡者を出してしまう。 彼らに共通していたのは「運動会で支給された大福餅を食べたこと」であり、食中毒の原因がこの紅白の大福餅であることは疑いようがなかった。 ◆「毒物混入説」も飛び出した 5月13日、静岡県の地元新聞である「静岡民友新聞」は全国紙に先駆けてこの食中毒事件を報じている。 記事の見出しは「紅白大福餅の中毒 遂に六百余名に達す」というもので、浜松第一中学校が授業不能に陥り休校になったこと、職員内の罹病者が13名を超えたこと、さらに運動会で支給された大福餅の製造元である菓子業者「三好野」についても言及があった。 ただ、三好野は食中毒の原因が自社の大福であったことを否認し、「使った餅も、餡も腐ってはいなかった」と主張。患者の吐しゃ物を使い、原因究明を急いでいると発表した。 浜松市の大規模食中毒事件は、5月14日頃から全国紙でも取り上げられている。 だが、読売新聞1936年5月14日号は本事件を食中毒ではなく、何故か「毒物混入事件」として報道している。見出しも「猛毒物混入の怪事実」「劇薬を裏書する症状」となっており「何者かによる無差別殺傷事件の可能性が高い」としたのだ。 静岡県の地元紙と全国紙で見出しに差異が見られたのは「(三好野の言う通り)大福に使われていた餡が腐っていなかったこと」「死体解剖の結果、体内に病菌が付着していないこと」などが根拠となっていたようだ。 また、事件が発生したタイミングも関係している。事件が起こった1936年5月のわずか3ヵ月前には「二・二六事件(日本の陸軍皇道派の青年将校が永田町などを占拠したクーデター未遂事件)」が発生しており、軍事教育とは切っても切り離せない存在であった旧制中学校の運動会(軍事訓練の一環で運動会が行われていた。また、食中毒の罹患者には42名の陸軍兵士もいた)が陸軍皇道派のターゲットにされている可能性があったのだ。 現に事件発生後、東京からは警察以外にも陸軍軍医学校の将校クラスが多数浜松入りしていたことからも、「毒物混入説」は奇想天外な話ではなく、かなりの説得力があったようだ。 #お祭り #ラーメン #食中毒 #大福 #ニュース

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