@sz_hina_sz: 九月、二学期。 祭りの夜から数日が経ち、学校は何事もなかったかのように二学期の始まりを迎えていた。 けれど、あの日を境に、私たちの空気は少しずつ、確実に変わっていた。 教室での周杜は、今まで以上に自分の気持ちを隠さなくなった。 「ねえねえ、◯◯。今日のお昼、中庭デートしよ?」 休み時間、周杜が私の席の横に腰掛け、いつもの調子で顔を覗き込んできた。 お祭りのあの夜から、周杜はさらに距離を詰めてくるようになった気がする。 『デートじゃない』 私が教科書を片付けながらぶっきらぼうに返すと、周杜は「えー! 厳しいなあ」と言いながら、私の筆箱の角を指でツンツンとつついた。 「中庭で一緒にパン食べるだけでも、俺にとってはデートなんだけどな」 そんなやり取りをしている間も、教室の前では寺西先生が淡々と授業の片付けをしていた。 先生は一度もこちらを見ることなく、出席簿を脇に抱えて、スマートな足取りで教壇を降りる。 (『……先生』) あの夜、綺麗な女性と一緒にいた先生。 結局あの人が誰だったのかも分からないまま夏休みが明けた。 わたしが見たこともなにも先生は何も知らないんだ。 「先生。ここ、教えてほしいんやけど」 大輝が前の方で先生に何かを質問し始めた。 「ん? どこ?ああ、ここは…」 先生は足を止め、少しだけ眼鏡のブリッジを押し上げると、大輝のノートを覗き込んで丁寧に答え始める。 その穏やかな「教師」の姿を見るたびに、胸の奥が少しだけチリッと痛む。 「……ねえ、◯◯。行こう?」 周杜が私の制服の袖を軽く引いた。 先生の背中に向かって大輝たちが賑やかに笑っているのを背に、私たちは教室を出た。 秋の気配が混じり始めた風が吹く中庭。 ベンチに並んで座ると、周杜は買ってきた購買のパンを袋から出しながら、ふと私の方を見た。 「ねえ、◯◯」 『……なに』 「……お祭りのときさ。俺が言ったこと、忘れてないよね?」 パンを食べようとした手が止まる。 『いい加減、俺にしようよ』と耳元で言われた、あの心臓が壊れそうなほどの鼓動。 『……忘れた』 「うわ、ひどい! 一生懸命言ったのに!」 周杜はわざとらしくショックを受けたふりをして笑うけれど、その瞳はどこか真剣だった。 「俺さ、本気だよ。……寺西追いかけてても◯◯が泣くだけじゃん」 『……分かってるよ、そんなの』 「いいよ。諦めないからさ」 周杜はそう言って、私の頭をポンポンと優しく叩いた。 周杜の大きな手が私の髪に触れる感触だけが、お昼休みの日差しの中で妙に熱く感じられた。 文化祭の準備が始まり、騒がしくなった九月の放課後。 教室内は段ボールやペンキの匂いで満ちていて、みんなが浮き足立っている。 「ねえねえ、◯◯。文化祭の買い出し、俺と二人で行こ?」 机の端に腰掛けた周杜が、クラス中に聞こえるような声で言った。 周りの女子たちが「もう付き合っちゃえばいいのに〜」と冷やかしてくる。 『……買い出し、四人一組でしょ』 「いいじゃん、俺が話つけてくるからさ」 周杜は私の返事を待たずに、教壇で作業の進捗を確認していた寺西先生の方へ歩いていった。 私は慌ててその後を追う。 「先生。買い出し、俺と◯◯で二人で行ってきていい? 二人の方がみんな作業進むし」 周杜は先生の前に立つと、いつものおちゃらけた態度を装いながらも、どこか挑発するように先生を見つめた。 先生は手元の資料からゆっくりと顔を上げ、眼鏡の奥で周杜と私を交互に見た。 「……二人か」 先生は少しだけ間を置くと、驚くほどあっさりと口元を緩めた。 「まあ、いいんじゃない?」 「……え、やったー」 もっと反対されるとか、渋い顔をされると思っていたのだろう。 先生の反応はあまりにも他人事で、まるで仲の良い生徒同士を微笑ましく見守る教師だった。 その態度に私の胸の奥がぎゅっと締め付けられた。 先生にとっては、私が周杜と二人きりで出かけようが、誰とどうなろうが、本当にどうでもいいことなのだと突きつけられた気がした。 「……行こう、◯◯」 周杜が私の手首を掴む。 『手、繋がない!』 「えー。いいじゃん」 教室を出る間際、私は一度だけ振り返ったけれど、先生がこちらを見ることは二度となかった。 学校近くのホームセンター。 周杜はカートを押しつつ、私の隣をぴたりと離れずに歩いている。 「……寺西、あっさり許可したね。もっと怒るかと思ったのに」 周杜がポツリと呟いた。 『……そうだね』 「ねえ、◯◯。先生、やっぱり俺たちのことなんて興味ないんだよ。あいつはただの先生なんだって。……分かったでしょ?」 周杜は立ち止まると、陳列棚の影で私の行く手を塞ぐように立った。 カートを握る彼の手が、白くなるほど強張っている。 「もうあいつのこと考えないでよ。……ねえ、俺のことちょっとでも考えられない?」 笑おうとしているのに、今にも泣き出しそうな瞳。 周杜は私を抱きしめようとするみたいに距離を詰めて、私の肩に額を預けてきた。 「……って俺じゃダメなんだもんね」 周杜の思いが夕暮れの店内で重く私にのしかかる。 一方、私は学校に残っているはずの先生のことがどうしても頭から離れなかった。 資材売り場の大きなベニヤ板に囲まれた薄暗い通路で、周杜の体温が肩越しに伝わってくる。 『……周杜、誰か来ちゃうよ』 「いいよ、誰も来ないよ…」 周杜は顔を上げると、わたしの手を掴んだ。 いつもみたいに茶化す余裕なんて、もう彼には残っていないみたいだった。 その瞳には、私を独り占めしたいという情熱と、それでも私に届かないことへの怯えが混ざり合っている。 「……俺、◯◯のことなら何でも知ってる。好きなアイスも、好きな食べ物も、苦手な食べ物も、今食べたい気分の物までわかっちゃう。……俺なら、◯◯を泣かせたりしないよ?あいつは◯◯の何を知ってるの?」 拒めないほど必死な目。 私の手を掴んで少し引き寄せた。 ――その時。 走ってきた小さな子供の声が近くで響き、私たちはハッとして体を離した。 「…………ごめん」 周杜は自嘲気味に笑うと、私の髪をくしゃっと撫でて、またカートを押し始めた。 さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら、彼はまたいつもの、明るい「周杜」に戻っていく。 「ほら、早くしないと先生に怒られちゃう。……帰りにアイス買って食べようよ」 私は、ただ黙って彼の背中を追いかけた。 胸の奥にあるモヤモヤは晴れないまま、買い出しを終えて夜の学校へと戻った。 職員室へ報告に行くと、他の先生たちはもうほとんど帰っていて、寺西先生だけが自分のデスクでパソコンに向かっていた。 『……先生、戻りました』 私が声をかけると、先生はキーボードを叩く手を止め、ゆっくりとこちらを振り向いた。 「ああ、おかえり。……遅かったね」 先生は眼鏡の縁を指で上げ、壁の時計に目をやった。 「ごめんごめん!デートみたいでちょっと楽しくなっちゃって」 周杜がわざとらしく頭を掻きながら、私の隣で笑う。 先生は周杜の言葉を無視するわけでもなく、けれど深く追求するわけでもなく、ただ私の方をじっと見つめた。 「◯◯……元気ない?体調でも悪い?」 『……ううん。大丈夫』 逃げるように職員室を出ようとした私の背中に、先生の低くて落ち着いた声が届く。 「猪俣…◯◯の様子見といてあげて」 「わかってるって」 周杜は明るく答えて、私の肩を抱くようにして廊下を歩き出した。 背中に感じる先生の視線。それは相変わらず、何も言わずに私と周杜を見送っているだけだった。 「……ねえ、◯◯」 不意に、後ろを歩く周杜の足音が止まった。 振り返ると、彼は階段の踊り場で立ち止まり、手すりをぎゅっと握りしめていた。 「……あいつ俺たちがさっきまで、何してたか気にならないんだな」 『……何って、買い物してただけでしょ』 「そうだけどさ。……遅くなっても気にしてないんだもん」 周杜は自嘲するように鼻で笑った。 その横顔は、夜の闇に紛れてひどく寂しげに見える。 「……そのほうが都合いいけどさ。俺には。でも◯◯の悲しんでる顔も見たくない。複雑…」 周杜はまた数歩近づくと、私の目の前で立ち止まった。 そして、今度は肩じゃなく、私の右手をそっと、壊れ物を扱うみたいに包み込んだ。 「俺だけ見てて欲しいのに…悲しんでる◯◯は見たくないから困っちゃうね…(笑)」 『……周杜……』 「手くらいいいでしょ?」 首を傾げて笑う周杜。その瞳は、あの日本殿の裏で見せた「泣き出しそうな瞳」のままだった。 私は何も答えられないまま、ただ彼に手を引かれて夜の校門を通り抜けた。 #tim#timeleszで妄想拓#寺西拓人周#猪俣周杜

妃凪-hina-
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Sunday 23 August 2026 03:48:29 GMT
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user5302006287130
ゆずぽんず :
周杜に少しはなびいてくれー!と思ってしまう🥹🥹💛
2026-08-23 08:15:57
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